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 なごみところは、2002年夏、大きな力に導かれるように

 ごく自然な流れにのってスタートしました。


和田・自己紹介


  若かりし頃、繊細で傷つきやすく、コンプレックスと悩みに明け暮れていた私。

 何がきっかけで、なごみところを始めるようになったのか…

 決して自慢できる経歴ではありませんが、その物語におつきあいください。


《兄の死》


 私は、4つ上の兄が大好きで何でも真似ていました。

 小学6年生だった頃、高校1年生になったばかりの兄が亡くなりました。

 急性骨髄性白血病でした。

 大きなショックを受けた私は、「死」の意味について深く考えるようになりました。



 寝る時間を削って、懸命に受験勉強を頑張っていた兄でした。

 希望の高校に晴れて合格して、さあこれからというときに発病して、

 わずか一ヶ月で、兄は亡くなりました。



 あれほど頑張っていたのに、あっけなく死んでしまった兄を見ていた私は、

 「夢をかなえる」とか「頑張って生きる」ということに、

 まったく意味が見いだせなくなってしまったのです。



 エンジニアの父からは、科学的に証明されない幽霊も死後の世界も

 存在しないものだと教えられていました。



 周りの大人たちは、口をそろえて「頑張れ!」「努力しろ!」と言うわけですが、

 死んで無になり、積み上げた努力の全てがご破算になるのならば、

 「そもそも頑張ることや努力することに何の意味があるのだろうか?」と考えました。



 さらに、頑張った先が死‥、それが無だったとしたら‥、と怖くもなりました。

 まるで、何年も何十年もの間、苦しみから学び、ようやく色々なことがわかってきた時に

 木の箱に入れられて炎の中へ放り込まれるだけのように思えました。

 人生とは、これほどあっけなく終わるものなのでしょうか?

 ‥すべてが無意味で、無駄なような気がしました。



 死の意味について考え続けていると、「生きることに何の意味があるのか?」

 「何のために人は生きているのか?」「人生とはいったい何のためにあるのだろう?」

 ‥と、深く考え悩むようになりました。



 生まれつき繊細で感受性の強かった私は、もう無邪気な子供では居られなくなり、

 かなり辛い精神状態に陥りました。




《壮絶な情緒不安定と鬱体験》


 中学生時代は、学校が荒れ放題でした。

 いじめや集団リンチも頻発し、

 私もターゲットになりました。

 教室内で、同級生たちの見ている前でヤンキー軍団のリンチに遭ったときには、

 さすがに身も心もボロボロになりました



 さらにネガティブ・モードに拍車をかけ、

 性格的なコンプレックスや受験などの様々な不安や悩みや試練が重なり、

 ついには心が折れてしまいました。



 学校に行くと、周りの明るい皆と暗い自分とのギャップに、心は引き千切られるように荒れ狂い、

 悲しくて涙が止まらなくなり、休み時間は寝たフリをして泣いていました。



 今、思い起こせばそれは、重度の鬱病、パニック障害、情緒不安定、自律神経失調症、

 不安神経症、対人恐怖症でした。



 自分の心の不調を親に話したとしても、厳格な父親ならばきっと

 精神論で叱咤されるだけなのが目に見えていたので、自分の力でなんとかしなければと考えました。



 あがく中で何らかの救いを求めて、自己啓発書、精神世界、哲学などの沢山の本を読みあさりました。

 そして様々な技法やトレーニング法を試してみました。


 素晴らしい本や考え方、修行法やトレーニング法にめぐり会い、心はようやく安定していきました。



 鬱から脱却した後も、様々なヒーリングのトレーニング教室に顔を出し、

 世界がどんどん広がっていきました。




 当時、自分に約束していたことは、

 ・特定の宗教団体に属さないこと

 ・特定の教義にはまらず、ニュートラルでいる  

 ということでした。




 兄との別れや、鬱の経験が私の生きる方向性を導いてきたようです。


 「死とは?」「生きるとは?」と考えることが、「幸せに生きるには?」

 「喜びにあふれた人生にするには?」ということの模索につながっていったのです。


           心楽講座



《ヒプノセラピストになる》


   1999年 米国催眠療法協会公認ヒプノセラピストに 
和田・ヒプノセラピーの系譜
Past Life Regression(過去生回帰) の ネビル・ロウ氏

米国催眠療法協会の創立者 A・M・クラズナー博士

インナーチャイルド療法の第一人者 トリシア・カエタノ氏
 

               ・・より学び、臨床経験をつんできました。


             ヒプノセラピー  前  世  療  法  インナーチャイルド療法






《リフレクソロジストになる》 



 さまざまな癒しの技法を学んでいきましたが、それを職業にしようとは、

 まるで考えてもいませんでした。


 ただ、自分のために学びを深めることだけをしていました。



 もともと私は、建築設計士として大手ゼネコンの設計部や建設現場、建築設計事務所などに

 派遣されて、ビルの設計図面を描いていました。


 仕事は真剣にやってましたので、7階建てビルを一人で任されたりもしていました。



 ただ、心の中では「これは自分のライフワークではない・・」と感じていました。




 転機になったのは、ある雑誌で見つけた広告です。


 英国式足裏健康法というリフレクソロジーのスクールでした。


 癒しが仕事として成り立つんだという認識は、嬉しい驚きでした。

 スクールを卒業後、サロン勤務ができるとありましたので、すぐに実践ができます。

 渡りに船でした。



 1998〜2004年 英国式リフレクソロジーサロンQueensway勤務



                           英国式リフレクソロジー



《レイキ実践者(ヒーラー)になる》



 サロンに勤務し始め、それまでの職場とは打って変わり、女性ばかり。

 慣れない環境の中、黒一点で心身共に疲れ果てていきました。



 そんな時、久しぶりに幼なじみから電話がありました。  

 「和田、今、仕事は?」

 「リフレクソロジーのサロンに勤めだしたとこ」

 「それはええやん!レイキのアチューンメントは受けたん?」  

 「いや、受けてないよ」

 「人に触れる仕事してるんやったらレイキのアチューンメントを受けといたらお得やのに・・」



 以前から知ってはいたものの、胡散臭いものだと敬遠してきたレイキでした。

 でも彼の「アチューンメントを受けといたらお得やのに」の言葉がやたら心にひっかかったので、

 レイキのアチューンメントを受けてどうなったのか、彼に体験談を聞いてみました。


 すると、レイキのアチューンメントを受けてから流れが変わり、人間関係や仕事など、

 あらゆることが好転したことを話してくれました。



 さらに、彼の知り合いでレイキのアチューンメントを受けた人の様々な体験談を語ってくれました。


 勧誘する感じではなく、淡々と語ってくれるその体験談は、レイキのアチューンメントを受けて、


 ・難病が完治した

 ・人間関係や家族関係が明るく円滑になった

 ・仕事で昇進したり成功した

 ・悩みや問題が解決した

 ・暗い性格が明るくなった

 ・コンプレックスが解消した

 などなど・・



 「ほんとうなのか?」と耳を疑ってしまう奇跡的な体験談の数々でした。



 他のヒーリング技法はいろいろと修得していましたが、

 ずっとレイキだけは胡散臭いとシャットアウトし続けてきた私でした。


 でもこのとき、「レイキアチューンメントでも受けてみるか」と、なんとなく思ったのです。



 彼に紹介してもらったレイキマスターからレベル2(レイキセカンド)までの

 レイキアチューンメント(エネルギー回路の調整)を受けましたが、

 特に何の感覚もなく、あまりのあっけなさに拍子抜けして、

 「なんだ、やっぱりこんなものか!」と、ガッカリして帰りました。




 それからレイキのことはすっかり忘れて、サロン勤務の慌ただしさに追われ、1ヶ月が過ぎた頃です。


 ふと気づくと、全国展開の関西1号店で、黒一点の新人として

 とても居心地の悪い思いをしていた私が、いつのまにか皆に溶け込み、

 さらに、お客様からの指名が全国1位になっていたのです。 



 振り返ってみると、レイキを習ってから、仕事の後の疲れも大分楽になっていました。


 そして、明らかにレイキのアチューンメントを受けてから、リピーター様が増えていたことに

 気づきました



 「これが、ひょっとしてレイキの作用だとしたら‥」と思い、

 前回、レイキセカンドの段階まで受講していた私は、レイキサードを受講することにしました。



 サードのレイキアチューンメントが始まるとすぐに、

 頭頂から流れ込む強烈な光のエネルギーの感覚がありました。


 それは、身体が硬直するほどの衝撃的な体験でした。



 レイキアチューンメント3回とも、エネルギーの奔流のようでした。


 3回目が終わると同時に、レイキマスター(レイキティーチャー)講座の受講を申し込みました。



 その後は休みを利用して、レイキアチューンメントやレイキヒーリングを望まれるままに

 していました。


 ある日ふとコメント(感想)数を数えてみると、口コミだけで、休日のみの活動だったのに、

 半年足らずのうちに100人を超える方にかかわらせていただいていたのです。



 レイキサードの受講後、何かがスイッチオンになったように

 人の気(エネルギー)の流れやオーラが見えるようになりました。



 私がレイキアチューンメントをさせていただいた方たちが、素晴らしい流れに好転していく様子を

 見ているうちに、「やっぱりレイキは本物だなぁ・・」と確信が強まり、もっとレイキを

 深く究めたくなりました。



 気になるものは、とことん突き詰めたい私です。



 著名なレイキマスターや主なレイキスクールを幾つも、ファーストからティーチャーまで受講し、

 どのように教えているのか、講義内容、レイキアチューンメントの技法など、

 個々のスクールによって特化している部分等を学びました。


和田・レイキ系譜
 現代霊気ヒーリング協会 ⇒ レイキマスター師範認定


 ヴォルテックス ⇒ レイキティーチャー認定


 日本ヒーラー&カウンセラー学院(創工)                          
                   ⇒ レイキティーチャー認定


 コスモ・ブライト 日本式臼井霊気療法
                             ⇒ レイキティーチャー認定


 バージョン・アップ・レイキ ⇒ レイキティーチャー認定


 カルナレイキ ⇒ カルナレイキマスター認定


 直傅靈氣研究会 ⇒ 林忠次郎の直弟子 山口千代子氏より伝授



 日本発祥の「伝統霊気」と、海外で発展し逆輸入された各種の「海外レイキ」を究めていきました。

 様々な「レイキ」を学んだことで、私のなかで「レイキとは何か」が

 次第にはっきりした形になっていきました。



 はじめはレイキを胡散臭いと疑い、敬遠していた私でした。


 でも、ちょうどいいベストタイミングでレイキのアチューンメントを受けることができて、

 私の人生の流れを大きく好転させてくれたのは、レイキでした。


 私自身、レイキによる奇跡的な体験を幾つもしてきました。



 パートナーの小林とは、研鑽を積むために様々なレイキスクールを はしご しているときに

 出逢いました。



 小林は、ある大手のレイキスクールでレイキティーチャーとして活動していました。


 レイキティーチャーが数人、セミナー会場の前に出てきて自己紹介をしているとき、

 小林のオーラがやたら大きく鮮やかな黄金色で光輝いていたのを、今でも覚えています。



 レイキ法をお伝えするものとして、ご縁をいただいた方には、どんな形であれ、

 暮らしの中でレイキを楽しみながらずっと活用していただきたい。


 色々あるヒーリング技法の中でも、特に効果的で優れたレイキ法の真髄を、

 これからもたくさんの人にお伝えしたいです。


                                      レイキ講座




 《エサレン®ボディワーカーになる》


 中学以降 ヒーリングを色々学ぶ課程で、私の興味を惹きつけたのが、

 オイルで全身をマッサージするというエサレン®ボディワークでした。
 心理学研究のメッカとして知られているアメリカ西海岸の

 “エサレン研究所”で開発されたものです。



 身体に働きかけることで、スピリット(魂)レベルに届くほどの

 ヒーリング・マッサージがあるという情報は、かなり以前から知ってはいましたが、

 男性である私が学んだとしても、日本で実践できるとはとても思えませんでした。



 ある日、パートナーの小林に何気なく「エサレンマッサージ」の話をしました。

 足首骨折でリハビリ中だった彼女は、「面白そうやん!」とすぐに興味を持ちました。



 二人でエサレンの情報を集め、その年の資格認定コースを受講しました。



 2003年に早春には、エサレン研究所の資格認定証を受け取り、

 二人とも公式に“EMBA認定エサレン®ボディワーカー”になることができました。



 実際に踏み出してみれば、楽しく可能性に満ちた道程でした。

 これこそ私が本当にやりたかったヒーリング・マッサージだ!という実感がありました。


 リフレサロンの仲間をはじめ、口コミだけでセッションの機会が増えていきました。

 現在は、二人でサポートし合いながらお客様をお迎えしています。


 日々の出会いや学びに、ご縁の不思議を想います。

 必要なことはいつも、適切なタイミングでやってくるものですね。 
絵・ふわふわ。り


                                      エサレンマッサージ

    




小林 いくこ・自己紹介         



 30才を過ぎたとき、突然 親しい友人を亡くしました。

 身内の葬儀さえも記憶になかった私には、ほんとにきつい出来事でした。

 前年には神戸の震災もあり、人生観が変わりました。



 子供の頃から人に触れられるのがなぜか苦手だった私が、

 今考えても不思議なのですが、なぜかソフト整体を習うことになりました。



 その過程で、エネルギー的に敏感な自分の体質を自覚して、

 危うさを感じていたのですが、本屋さんで見つけたレイキの本が転機になりました。


 それまで、“レイキ” について、まったく知らずにいたのですが、

 本を読んだ時点で、 私がずっと求めていたものだという強い感覚を覚え、

 本を読み終えたときにはすでに、

 「レイキをティーチャーレベルまで学ぼう」って決めていました。



 セミナーまでの1ヶ月間、本にあった自己ヒーリングを続けました。


 平成10年5月23日 新大阪で レイキ1 のセミナー

 わくわく&少し不安(セミナー初体験!)で参加した私の期待は、充分以上に報われました。



 楽しく学び(‥というより、遊んでいるうちに)

 半年後にはそのセミナーに、ティーチャーの一人として参加させてもらえるようになり、

 パートナーの和田をはじめ、沢山の方との出合いをも得られたのです。 




 その後、ホテルのマッサージルームで深夜まで楽しく働いていたのですが、

 心身の限界を感じ始めた頃、出勤中に足首を骨折したのを機に退職しました。




 リハビリ中に、和田から“エサレンマッサージ”の話を聞き、

 『面白そう!』と感じたので、二つ返事で共に学ぶことにしました。




 じゃあ、マッサージ用のベッドが置ける練習スペースが必要だなってことで、部屋を探しました。


 スペースができたので、それまで和田が公共施設やクライアントの自宅などで行っていた

 レイキやヒプノも落ち着いた環境でできるってこともあって、現在の形になりました。

 …というわけで、気が付けば ”なごみところ" が出来ていました。



 人生は、ほんとにうまく出来ています。


 必要なことが、ちょうど良いタイミングで起きるのだから。

 偶然なんて、ほんとは無いのかもしれませんね‥。


 数十年前の私には、今の自分は想像もできなかったです。

 改めて、導かれてるんだなって思います。

 大きな存在に大切に護られていること。

 それを、子供の頃からなんとなく感じていました。




 いま、生きていること‥浮き沈みは日々あるけれど、

 誰でもがみんな、大切な存在として大きな力に護られているのです。



 二人の関わりについて


 よく尋ねられるので、こんな風にお答えしています。

 いわゆる「ソウルメイト」です‥って。


 ヒプノセラピーを受けられた方からも、(その方の前世に)お二人も居ましたよ!って

 言われることが多々あります。


 今のところ、一番古い時代で言われたのは、旧石器時代。

 その方のお隣さんだったとか。

 ‥うーんと、それってどのくらい前?と思ってたら、

 ある日の新聞に3万〜5万年前と記述がありました。


 もちろん、毎回、二人の関係性は同じではありません。

 傭兵としての相棒(馬に乗った男同士)だったり、

 生き別れになった親子だったり、医者と看護師や、

 師と弟子という時代もあったようです。


 かなり何度も、それぞれ役割を変えながら共に居たようです。

 今回の生では、レイキを通して出会い、

 こういう形でひとをサポートする役割を目的・使命に据えています。


 一日一客・いろんな方との出会い。

 喜んでいただくことが、一番うれしい私たちです。

    

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